りぼんの読書ノート

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あやし(宮部みゆき)

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宮部さんの新作『おそろし』を読む前に、連作短編シリーズと思える本書を再読してみました。江戸商家を舞台にした「宮部怪談」9編ですが、そこから漂ってくるのは「こわい」というより「不思議であやしい」感じです。タイトルはぴったりはまっています。怖いのは、鬼や物の怪ではなく、人の情念なのです。それは、人間の怨恨、嫉妬、欲望、邪心・・もしくは愛情!

大半の物語が、幼い頃から丁稚や女中として働く子どもたちが見聞きしたものとして描かれています。このような不思議を見た子どもたちは、深い情念を抱くことの恐ろしさや、心の中に潜んでいるかもしれない鬼を抑えることの大切さを、心に刻んだことでしょう。あやしいものの存在が、ひとつの抑止力になっていた時代なんですね。

「居眠り心中」若旦那との間に子をなして暇を出された女中の生霊が願うのは無理心中。その姿を見た丁稚は、恐ろしさのあまりに逃げ帰りますが・・。

影牢座敷牢に入れられ鬼嫁にいびり殺された姑の亡霊が、一族を滅ぼした? 断絶した商家の番頭が語る、歪んだ一家の姿は恐ろしいものでした。

「布団部屋」怨念がとりついた酒屋の奉公人が、布団部屋で一夜を過ごす習慣の理由は? 急死した姉の後を継いだ幼い妹を守り抜いたのは、亡き姉の霊魂でした

「梅の雨降る」大凶のおみくじを梅の木に結ぶと人に恨みを向けられる? 恨まれた少女にも、恨んだ少女にも、悲しい結末が待っています。

「安達家の鬼」鬼とともに生きた姑が亡くなった日、女中上がりの嫁が見た悲しそうな男の姿。姑の傍らに何が見えるかは、見る人の心次第だったのです。

「女の首」商家に奉公にあがった口をきけない少年が、納戸の奥に首だけの女の絵を見つけます。かぼちゃの神様が、声が出ない太郎を守ってくれたのには、理由がありました。

「時雨鬼」男に騙される寸前の奉公の女を救おうとした、差配人の家で出会った女の正体は? 亡くなったご隠居に見えていたという鬼の正体は? 

「灰神楽」初対面の主人の弟に突然切りつけた女中。狂気を操る存在があるのでしょうか。

「蜆塚」江戸の町を跳梁している不死の人間の存在に気づいてしまっても、知らん顔を決め込んでいたほうが良さそうです。


東雅夫さんの解説で、本書に登場する怪しい存在の、欧米怪奇小説との共通点が指摘されていました。鋭い指摘ですが、そのことは本書の価値を減じていませんね。むしろ、欧米的な怪奇をお江戸の人情気質に見事に取り込んでしまった超絶技法が光ります。

2008/9再読