りぼんの読書ノート

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囚人のジレンマ(リチャード・パワーズ)

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相手を密告すれば無罪放免されると聞かされた2人の囚人は、どう行動するべきなのか。そんなジレンマが100人に、千人に、数十億人に広がったら、どういう未来が現れるのか。実は、ジレンマから解放される道もあったのです。それは、自分の利益を最大にするという前提から離れること。

なんて書くと、説教じみた本のように聞こえてしまうかもしれませんが、この小説は難解です。シカゴ郊外のディカルブという、ここで鉄条網が発明されたという以外には何の変哲もない町に住むホブソン一家。難病に侵されていながらもシニカルさで一家の精神面を支配している父親と、人生を諦めかけている母親と、それぞれ個性的な長男、長女、次女と次男。

父親に振り回されながらも、父親を理解しようと試みる一家の物語の合間に挿入されるのは、1940年代のカリフォルニアで、日本人収容所に抑留されてしまった日系アメリカ人に向けて救いの手を差し伸べようとするウォルト・ディズニーの物語。もちろんこれは実話ではないけれど、ではいったい何の話なのか?

422ページの小説なのに380ページまで読み進まないと、物語の構造は明らかになりません。ディズニーが日系アメリカ人を総動員して製作した戦争映画に主演する少年時代の父親に向けて、ミッキーマウスは何を語りかけ、ティンカーベルの魔法の粉は世界をどう変えていくのでしょう。

父親が戦時中に見た白光が、物語の始まりでもあり、終わりでもありました。大江健三郎さんが冷戦時代に書いた、核戦争の恐怖を感じて自殺した男の物語を思い出しながら読んでいましたが、ラストは不思議に明るい。著者はまだ、未来に希望を持っているんですね。

2008/9