りぼんの読書ノート

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愛の続き(イアン・マキューアン)

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恋人クラリッサとピクニックに出かけたジョーは、気球の事故で一人の男性が墜落死した事件に遭遇してしまうのですが、その場に居合わせた奇妙な青年パリーから、後日かかってきた電話がジョーの生活を一変させてしまいます。

パリーは言うのです。「あなたはぼくを愛していて、ぼくはそれをわかっている」と・・。背景にはパリーの生い立ちに由来する宗教的な狂信もあるのですが、まぁ、一種の病気ですね。パリーから執拗に続けられる不気味な電話や手紙や張り込みといったストーカー行為に対して、警察はとりあってくれず、クラリッサですらジョーが神経質になっているだけと言い出す始末。

確かにジョーは、科学者たることを諦めて科学ジャーナリストに転身したことに鬱屈した感情を抱いていて、気球事故を防げなかった責任感と罪悪感が、その屈折した思いを噴出させた側面もあるのですが、パリーの存在と周囲の無関心が、彼の精神を追い込んでいきます。ついに、ジョーは「自衛のため」としてピストルまで手に入れてしまうのですが・・。

ちょっとしたきっかけで内面が崩壊していってしまうインテリの弱さというものは、次作のアムステルダムにも共通しています。日本では『悲の器』や『我が心は石にあらず』などの作品がある高橋和巳さんが、かつて得意としていたテーマですね。

ただ、本書の魅力は表面的なストーリーよりも、多層的な読み方ができることなのでしょう。原題の「Enduring Love」「持続する愛」と理解すると、病的であるがゆえに一度思い込んだら生涯止むことのないパリーのジョーへの思いのことのようですし、「耐える愛」と理解すると、互いにパートナーへの思いやりの欠如を、相手に対しては腹立たしくも思い、自分に対しては後悔しながら、関係を続けていくことになるジョーとクラリッサの関係のようでもあります。

気球事故で墜落死した男性の妻が、夫が生前浮気していたのではないかとの妄想に駆られたり、物語の中でちょっぴり明るさを感じさせてくれる、彼女の子どもたちとの無邪気な関係なども、みな「愛の続き」でもあるのです。

2008/7