りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

朱より赤く(窪美澄)

副題は「高岡智照尼の生涯」。1896年(明治22年)に生まれて数奇な人生を歩んだ後に、1935年(昭和10年)に39歳で出家。寂れていた京都祇王寺を復興し、1994年(平成6年)に98歳で亡くなるまで傷ついた女性たちの心の拠り所となった実在の女性です。既に本人による自伝や、瀬戸内晴美の小説『女徳』も出版されている中で、2022年上期の直木賞受賞作家は、そんな女性の半生をどのように描き出したのでしょう。

 

結論から言うと、全くの期待外れでした。確かに彼女の生涯はなぞられているのですが、出家に至るほどの暗く強烈な情念を感じることができなかったのです。幼くして実父によって大阪の花街に売られ、一途な思いから小指を切り落とすなど10代の頃から自殺願望に苛まれ、移籍先の東京で贔屓客の妾となったものの関係は続かず、23歳で大阪の花街に逆戻り。常客の相場師に見初められて結婚し、アメリカ外遊、米人女学生との同性愛、映画女優デビューなどするものの、夫の浮気と暴力に耐えきれずに自殺未遂、年下青年との駆け落ちと逃亡などの壮絶な人生を歩みます。やがて郷里の奈良に隠棲し、さらに出家に至るのですが、どうも表面的な出来事をなぞっただけに思えてしまいました。

 

現実の人生に小説が追いつけていないということなのでしょうか。出家の背景には彼女自身の業の深さがあるのではないかと思うのですが、純情可憐な犠牲者としか描かれていないように思えてしまったのです。必要先に読んだ、瀬戸内寂聴をモデルとした『あちらにいる鬼(井上荒野)』と比較してしまったせいかもしれません。

 

2023/1