りぼんの読書ノート

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海に帰る日(ジョン・バンヴィル)

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少年時代をすごした海辺の町へと戻ってきた、老美術史家マックスの周囲には、「死」が満ち溢れているようです。現在には、近い将来訪れるであろう自らの死の予感。近い過去には、長年連れ添った最愛の妻アニタの病死。そして遠い過去にも、この海辺の町である少女の死を経験していました。

少年時代の夏の日、海辺の町の別荘に訪れた少女に抱いた淡い恋心は、彼女が双子の弟とともに波間に消えていった時からずっと、彼につきまとっていたのですが、今となっては、亡き妻の思い出と渾然一体となっているかのよう。その意味では、本書の全編が、死にゆく者に対するレクイエムなのでしょう。

ただ、生ける者としては、まだ執着もあるのです。全てを達観したかのようなマックスですが、ひとり娘の人生の選択に対しては、まだ不満もあるようなのです。そして、幾分かの救いもあるのです。それは、ラストで明かされる、意外な女性の正体に象徴されています。喪い続ける人生において、執着も救いも必要な要素なのかもしれません。

描写も表現も美しく、格調は高いのですが、感想の書きにくい小説でした。志賀直哉の『城の崎にて』を連想してしまいましたね。「療養に訪れた温泉地で、見るもの全てに死の影を感じてしまう」という、あの暗い私小説です。

2007/10