りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アウステルリッツ(W.G.ゼーバルト)

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2冊続けて、ゼーバルトを読んでしまいました。『土星の輪』や『移民たち』と同様に多数の白黒写真を活用しながら、建築歴家であるアウステルリッツの不思議な人生が、偶然彼と出会って彼の博識ぶりに感嘆する男性によって語られていきます。

そもそもアウステルリッツはどうして建築に興味を持ったのか。それは、幼い日にプラハからイギリスまでたった一人で旅をした時の各地の豪壮な駅舎の記憶が、運命の屈折点ともいうべき原点だったようです。そして15歳まで別の名前を持ち、ウェールズの牧師の子として育てられながら、教師からある日突然「君の本名はアウステルリッツだ」と告げられた衝撃。それまで記憶の底に沈んでいたものが、彼を建築研究の道に向かわせました。

ヨーロッパ帝国主義の遺物である、駅舎、裁判所、要塞、病院、監獄などの建物に興味をひかれるまま、その分野での大家となったアウステルリッツは、50歳も半ばを過ぎてから言い知れない喪失感にさいなまれるようになり、自分の過去を探しはじめます。彼は、ナチスユダヤ人狩りから守るためにイギリスに送られた、チェコの子どもたちの1人だったのです。プラハを訪れ、母の知人だったという女性を訪ねあて、自らのルーツと母の最期の様子を聞かされたアウステルリッツは、以前よりも、いっそう深い喪失感を味わうことになるのですが・・。

読者は、本書では一度も登場することのない「アウシュビッツ」という言葉を常に念頭に置きながら、この本を読むことになります。それは、音が似ている主人公の名前のみならず、「近代の要塞は、本来の目的に役立ったことはなく、監獄として用いられたのみであった」などの、巨大建築物自体が有している抑圧性を意識させられるからなのでしょう。

こういう本を読むと、2度と普通の小説を読めないような気にさせられます。翌日からは、間違いなく普通の状態に戻ってしまうのですけどね。ところでゼーバルトの文章の色彩感覚の豊かさに、3冊目にしてようやく気づきました。白黒写真にだまされてはいけません。

2007/10