りぼんの読書ノート

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ケプラーの憂鬱(ジョン・バンヴィル)

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バーチウッドの前に書かれた小説です。

ケプラーの法則」とは、天体の運行を理論的に解明するなかで発見された「光の強さや太陽の引力は距離の二乗に反比例すること」や、「惑星が楕円軌道を描くこと」。ガリレイニュートンの先駆者として、古典物理学の完成に寄与したケプラーですが、彼はまだまだ中世的な人間だったようです。彼の母親は「魔女」として訴えられたこともあり、彼自身、占星術師という肩書きも持っていたくらいなのですから。

ケプラーの時代(16世紀末から17世紀)には、神聖ローマ帝国は既に名前だけの存在で、中欧は数多くの領地国家に分裂していました。不満の多い妻や家族を抱え、諸侯のお抱え数学者の地位にしがみつき、中欧諸都市を転々としながら、彼はいったい何を思っていたのか。というより、バンヴィルは何を描きたかったのでしょうか。

それはどうやら、ケプラーの抱いていた「幻想」のようです。彼の理論は、「神の意思のもとで数学的調和を保つ宇宙」との考えに立脚していて、各惑星の衛星の数は等比級数であるとか、衛星軌道の間には正多面体が存在するとか、今となっては意味をなさないものも多数あるのです。

ケプラーの著作名を冠した各章が、彼の人生の旋律を奏でます。それは、繊細な音楽のように科学と幻想の間を揺れ動き、崇高さと惨めさを合わせ持っていた一人の人間。また、ケプラーの人生と何度か交差する「あるイタリア人」は、画家のカラバッジオですね。人と人の出会いや別れも、惑星の動きのように思えてくる、なかなか奥深い本です。

2007/9