りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

観光(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)

イメージ 1

アメリカに移民したタイ人の著者が欧米とタイの両方の視点から、通り過ぎていくだけの観光客と通り過ぎられるだけのタイ人の人生を、一瞬、交差させてくれます。

冒頭の「ガイジン」は、アメリカ娘ばかりに恋してしまう混血児の話。いくら英語が上手でハンサムでも、相手はこっちを、リゾラバとしか見てくれないのはわかっているのに・・。

表題作の「観光」では、大学に進学するために故郷を離れる息子が視力を失おうとしている母親を連れて、最初で最後のリゾート旅行に向かいます。「人間の尊厳」も「親子の愛」もともに、アジア的であり欧米的でもあるのです。

「こんなところで死にたくない」は、一転して、タイの女性と結婚してタイに住む息子に引き取られた、身体の不自由なアメリカ人の父親の話。嫁からは幼児のように扱われ、孫たちとは言葉も通じない晩年の生活は父親の孤独感を増すのですが、ガイジンの老父の世話をする嫁だってストレスたまるよなぁ。

カンボジア難民少女との出会いと、悲しい別離を描いた「プリシラ」や、権力者の操る不正な闘鶏に血道をあげて、全てを失っていく父親とその家族を描いた「闘鶏師」は純然たるタイの物語に見えるけれど、著者の視点は欧米的かもしれません。

日本においては、欧米的なものも日本的なものも、既に渾然一体となってしまったと思えることが多いのですが、タイではまだ、両者を隔てている最後の一線が越えられていないのでしょう。(たぶん)

現代の日本人にはとても書けない「熱い小説」です。後書きで訳者が「優れた物語というだけでなく人と世の真実を知ったと読者が思うような短篇を書ける作家はきわめて少ない」と褒めているのも理解できます。

2007/7