りぼんの読書ノート

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遠い山なみの光(カズオ・イシグロ)

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イシグロさんの最初の長編だそうです。今は英国人と再婚して英国に住んでいる悦子は、戦後間もない長崎で当時の日本人の夫との間にできた子供を身ごもっていた頃の出来事に想いを馳せます。

あのころ所に住んでいた佐知子は、まだ幼い娘の万里子の将来の為と言いながら、娘の傷ついた心に気付くこともなく、全然あてにならないアメリカ人の男性に未来を託して、アメリカへの移住を夢見ていました。悦子は、その母娘に自分の将来を見る思いがして不安を覚えたのです。

それから数十年が過ぎ去り、英国人の夫との間に生まれた娘・ニキも、既に成人して一人前に育っています。一方、当時身ごもっていた長女の景子は、イギリスで自殺してしまっていました・・。

悦子の長崎での結婚生活がなぜ破綻したのか、長女はなぜ自殺したのか、どのようにして英国人の夫との再婚に至ったのか、は何も語られません。語られるのはただ、異国で娘を失った喪失感と、長崎の思い出だけ。

となると、イシグロさんが得意とする「信用ならざる語り手」の技法がはやくも使われているのでしょうか。長崎時代の思い出に登場する不幸な母娘や、仕事人間の夫や、戦前の教育を懐かしむ元教師の義父は、悦子が日本を去って英国に移り住み、結局は長女を失うに至った選択を正当化するために持ち出された記憶なのでしょうか。

本書に関して言うと、そんなことはなさそうです。著者が書きたかったのは、誰もが傷つきながら、遠い山なみの光を追い求めていた、戦後間もない長崎の生活だったように思えるのです。本書のもとのタイトルは『女たちの遠い夏』であって、悦子ひとりの思い出だけに焦点を当てたものではないのですし・・。

2007/6