りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

イースターエッグに降る雪(ジュディ・バドニッツ)

イメージ 1

空中スキップの作者が2002年に書いた長編小説です。前半は、東欧の寒村から抜け出して渡米するイラーナの半生が綴られ、後半は、イラーナにはじまる4代の女性(娘サーシィ、孫娘メーラ、曾孫のノミー)の4人が、家族の人生を交互に語る物語。

なんといっても、前半が素晴らしい。山賊に襲われ、軍から徴兵され、飢餓スレスレの生活を送るしかない村。1年のうちの9ヶ月は雪に埋もれ、あとの3ヶ月は泥まみれになる村。でもイラーナが村を出た理由は、貧しさから抜け出すためではなく、村人からは魔女とも呼ばれる母親の強さに反発してのことでした。

15歳のイラーナが見たのは、第一次世界大戦前後の不思議な世界。男を狂わす美貌の少女や、次々と夫を死に至らしめる女流画家などと出会った末に、何度死んでも生き返る(としか彼女には思えない)、旅芸人のシュミュエルと巡り合い、二人はアメリカに向かいます。イラーナは弟を、シュミュエルは姉を旧世界に置き去りにして・・。

でもファベルジュのイースターエッグの中に見えるような夢の国、アメリカに渡った後も、イラーナは、旧世界から逃れられません。時折聞こえてくる虐殺の噂は到底信じられる話ではなかったけれど、そこから死体に紛れ込んで脱出してきたという、頭のおかしくなった少女の腕に刻み込まれた番号が、イラーナから息子たちを奪います。双子の息子は、それを見て欧州戦線に志願するのですから。

物語は、女たちを中心にして進んでいきます。アメリカ人になりたがった娘サーシィ、兄を本気で愛してしまって異常な行動に走る孫娘メーラ、3代の女性に育てられた曾孫娘ノミー。女たちに較べて、男たちの影が、いかに薄いことか。老いたイラーナが、ついには旧世界の魔力に引き寄せられるようになって物語は終わりますが、ひとつひとつのエピソードが醸し出す幻想的なダークさに、すっかり夢中になってしまいました。『赤朽葉家』は、この本にインスパイアされたのでしょうか。

作者は「失われつつあるホロコーストの記憶を伝承させていきたい」との強い気持ちに後押しされて、この本を書いたとのこと。『空中スキップ』の世界を東欧的なものでくるんだような長編です。

2007/5


【P.S.】バドニッツさんらしい、エピソードもたくさんありました。
・少女時代は宙に浮いていたという、イラーナの母親。
・徴兵に来る軍人から、父親を隠した母親のスカート。
・出産に立ち会った男性は不幸になるという因習。
・まるで鬼の子のような、弟のアリー。
・空を飛ぶ、腹に人間の顔があるハーピィ。
・牝狼の皮に身をくるんだ少女時代のイラーナ。
・髪の毛にたくさんの鈴をつけられたイラーナ。
・イラーナが港と思って行った場所は世界の果て。
・サーシィの夫ジョーが「掃除されて」消えるエピソード。
・海の魔物に例えられた、メーラの兄の子を生む女性クロエ。
・・・・