りぼんの読書ノート

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アラビアの夜の種族(古川日出男)

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GWの最後の日に読みふけったのは「現代のアラビアンナイト」。

へジュラ暦1213年(西暦1798年)、イギリスとインドの連携を絶つべくエジプトに侵攻してきたナポレオン軍を迎え撃つ、マムルークの首長たち。500年前に十字軍を打ち破った過去の栄光の再現を疑わない首長たちの中で、ただ一人、不安を感じた首長の腹心の奴隷アイユーブは、秘策を進言します。それは、一度読み始めたら最後、身の破滅を迎えるまで「ふぬけ」のように読み続けるしかないという、「災厄の書」をナポレオンに手渡すことでした。

昼の世界では、ナポレオン軍がカイロに向けて進撃を続ける中で、毎夜「夜の語り部」ズームルッドの語る摩訶不思議な物語を聞くアイユーブ。それは「忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」であり、あるいは「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」であり、あるいは「呪われたゾハルの地下宝物殿」と呼ばれる千年に渡る壮大な物語。魔族が、王族が、勇者が、孤児が、美女が、魔術が、財宝が、砂漠が、迷宮が入り乱れる壮大な物語は、ナポレオンを止めることができるのでしょうか。

それにしては、不思議なのです。かつて暴王を葬ったという「災厄の書」の伝説は偽りだというし、ナポレオンに読ませるための、フランス語訳が作られているわけでもない。そしてズームルッドがアイユーブに告げた不思議な言葉の問題があります。「あなたもまた、夜の種族なのです」の意味するものは、何なのでしょう。実は「災厄の書」は、たった一人の読者に向けて書かれるべき書物であり、ズームルッドの語る物語はナポレオンに向けてのものではなかったのです。であるなら、ナポレオンに語られるべき物語は・・。

史実は、ピラミッドの戦いに勝利してカイロに入城を果たしたナポレオンが、翌年には戦場を放棄してほとんど単身でエジプトを脱出した事を伝えています。本書は、ある重要な登場人物が、ナポレオンにある物語を語りはじめる所で終わるのですが、それが、ナポレオンに向けての特別の物語であって、彼に対して、すさまじい効力を発揮したのかもしれませんね。(実際は、イギリス海軍に破れてフランス海軍が制海権を失い、エジプトで孤立するのを恐れたナポレオンが、本国に急ぎ帰国したのですけれど。)

2007/5