りぼんの読書ノート

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雲上雲下(朝井まかて)

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不思議な構成の作品でした。民話を題材にしたファンタジーが、思いもよらなかった地点に着地するのです。もっとも著者自身が、「語り手が何者なのか分からずに書き始めた中で、テーマが立ち上がってきた」と述べているくらいなので、読者の想像を超える展開となったことなど当然なのでしょう。

舞台はどこかの深い山の中。自分が何者なのかも思い出せない巨大な草が、子狐や山姥から求められて昔話を語り出します。団子地蔵、田螺の婿、竜宮の亀、猫寺の逸話。どこかで聴いたことがあるような物語なのですが、微妙にずれていて、妙に現代的なテーマも感じさせる昔話なのですが、小太郎の登場で歪みが決定的になるのです。

小太郎とは、「日本昔話」の冒頭で龍に乗って登場する少年のモデルを思わせる、母親である龍を探して旅をする少年なのですが、草も子狐も山姥もその物語の登場人物になっているのは何故なのでしょう。「長い時をかけて伐られる枝葉こそ物語の命脈」と語る草は、「他者の物語に関わってはいけない」と戒めますが、子狐が小太郎を道案内することで物語は転機を迎えます。

やがて子狐や山姥の正体も明かされ、草の前世の物語も思い出される中で、物語を失いつつある現代社会の危機が浮き彫りになってきます。「今、信じるものの範囲がとても狭くなっているのかもしれない」という危機感を覚えつつも「フィクションや想像の力を信じたい」と語る著者の代表作となる小説ではないかと思います。

2019/6