りぼんの読書ノート

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恥辱(J・M・クッツェー)

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南アフリカ出身のノーベル賞受賞作家の代表作は、とんでもない問題作でした。複数のヘビーなテーマが重層的に絡み合っているのです。

表層の物語はシンプルです。ケープタウンで大学教授をしている52歳のデヴィッドが、軽い気持ちから関係を持った女学生から告発されて辞職。自然派志向の娘ルーシーが一人で住む片田舎の農園に転がり込んで見たものは、かつての小作人の一味にレイプされて身籠り、なおかつその小作人の3番目の妻となって農場を保護してもらおうとする娘の生き様だったのです。

さて本書の何が「恥辱」なのでしょう。知的エリートが情事が原因で転落したことなのか。娘との価値観の違いを最後まで理解できないことなのか。彼の子孫がかつての黒人奴隷の血筋に中に吸収されてしまうことなのか。自分の行為の軽さと娘が受けた行為の重さの比較に愕然としたことなのか。それともそれら全部を受け入れられないままに生き続けていくことなのか。ラストで情の湧いた犬を安楽死させるデヴィッドの行動は、自殺衝動の代償なのかもしれません。

本書を理解するには、アパルトヘイトが崩壊して黒人優遇政策を進めながら、民族・貧富の差を解消できずに犯罪が横行している20世紀末南アフリカの実情を知っておく必要もあるのでしょう。一部の勢力から本書に浴びせられた人種差別的との非難は表面的ですが、ひとつの時代が終焉したものの次の時代が見えてこないことへの恥辱感も、本書には含まれているように思えます。

2019/1