りぼんの読書ノート

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みかづき(森絵都)

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「著者5年ぶりの長編」というと、格差社会のルーツを1995年に求めたこの女以来ということですね。日本における学習塾の変遷を体現する家族を主人公に据えて、戦後の教育史をたどった本書は、2017年本屋大賞の第2位に選ばれています。

物語は昭和36年に始まります。小学校の用務員室で生徒の補習を行っていた青年・大島吾郎が、生徒の母・赤坂千明から「自分が立ち上げる学習塾へ来て欲しい」と頼まれるのです。やがて結婚した2人が一軒屋を借りて千葉で立ち上げた塾の経営は波に乗り始めるのですが、新聞からは「受験競争を煽る存在」として叩かれるのでした。

物語は、時代の要請によって成長した学習塾が、はじめは文部省から好ましくない存在と見なされたものの、後には学校塾と共存すべき存在と認知されるに至る過程、さらには近年の少子化を背景として異業種大手の参入による統合やネット授業の導入、一方で少人数制授業による個別指導の増加と言う二極化に至った歴史をたどっていきます。

その過程で、進学塾を目指す千明と補習塾を目指す吾郎の対立。赤坂家3姉妹の蕗子、蘭、菜々美がそれぞれに築いていった教育論と実践。母・千明との対立と和解。一族の落ちこぼれ的存在であった蕗子の長男・一郎が、今の時代に教えることの喜びを見出すまでを描いていくのです。

みかづき」というタイトルは、「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になる」という千明の言葉で説明されます。太陽と月が一緒になる日は到来するのか。千明と吾郎、娘たち、孫たちの和解はなるのか。根底には「学ぶこと、理解することの楽しさ」が流れている、良質のエンターテインメント作品でした。

2018/12