りぼんの読書ノート

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ニシノユキヒコの恋と冒険(川上弘美)

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希代のモテ男であったニシノユキヒコの生涯を、彼の少年期、青年期、中年期、壮年期に関わった10人の女性の視点から綴った作品です。

そもそも彼はなぜモテたのか。ルックスも良くて優しい男性なのですが、どうやら徹底的に没個性であって、どんな女性の心にもスルリと入りこんでしまうことが、多くの女性と関係を持つことができた理由のようです。それぞれの女性たちに「西野くん」「西野さん」「ニシノ」「幸彦」「ユキヒコ」などと異なる呼ばれ方をされていることは、女性たちが彼を自分の枠に合わせていることを象徴しているのでしょう。

では彼は本当にモテたのかというと、どうやらそうではなさそうです。彼の女性関係は、始まりも終わりも簡単なのです。人を本当に愛せないニシノユキヒコは、誰からも本当に愛されることなく、最後には必ず去られてしまいます。しかも悪印象すら持たれないのですから、これは薄い。50台半ばで19歳の女性と付き合った時ですら同じとなると、彼の実在性すら疑ってしまいます。ついでながら「姉の死」という説明的なエピソードは不要に思えます。

ニシノユキヒコの薄さには「時代の薄さ」が反映されているのでしょうか。光源氏ですら、須磨明石に隠棲する不遇な時期を経験し、義母と密通するという罪を犯し、晩年は自らの罪に復讐されるという運命の末に信仰を深めるという、ある意味ロシア文学的な生涯をおくっているのです。本書は2003年の作品ですが、その後15年を経て「時代の薄さ」は一段と進行しているように思えてなりません。

2018/5