りぼんの読書ノート

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わたしの本当の子どもたち(ジョー・ウォルトン)

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歴史改変SFの傑作であるファージング三部作や、思春期少女のファンタジックな成長物語である図書室の魔法の著者の新作は、パラレルワールドの物語でした。23歳のパトリシアが、恋人マークから突然に乱暴な求婚を受けた時に、世界は2つに分裂してしまったのです。それは1949年のことでした。

求婚を受けたパトリシア(トリッシュ)は、苦難の人生を歩みます。女性蔑視のモラハラDV夫となってしまったマークに仕える専業主婦となり、苦痛でしかない性行を迫られて何度も流産。それでも4人の子供たちを立派に育て上げ、後には夫と離婚して市会議員となり、女性解放運動に身を投じていきます。

求婚を拒絶したパトリシア(パティ)は同性愛者の生物学者であるビイと出会い、世間の偏見と闘いながらも、人工授精によって3人の子供たちを得て、素晴らしい家庭を築き上げていきます。愛するイタリアの各都市を紹介したガイドブックはベストセラーとなり、充実した人生をおくるのです。

2つの世界で分裂したのは、パトリシアの人生だけではありませんでした。不幸なトリッシュの世界は平和を維持して、いち早くEUに加盟したイギリスも繁栄。宇宙飛行士となった息子が、EUが打ち上げた宇宙ステーションから地球を眺める場面は象徴的です。一方で幸福なパティの世界では核戦争が起こり、テロリズムも横行。彼女が生涯愛したビイはIRAのテロで両足を失い、後には甲状腺癌で世を去ることになります。

しかし本書のテーマは「不幸な人生と幸福な世界」もしくは「幸福な人生と不幸な世界」などという、わかりやすい二者択一ではありません。ページの大半がパトリシアの2つの生涯に割かれていることは、どのような世界においても主たる問題は人生の選択であることを示しているようです。そしてそれが、世界のあり方とは無縁ではないことを意識しておくべきなのでしょう。

そして2015年。混乱した記憶の中で2つの人生と7人の子供たちのことを思い出す89歳のパトリシアの人生は、介護施設の中で終わろうとしています。彼女の選択にはじまる分裂した世界が閉じる時に、残された世界はどのようになっているのか。それは読者たちが作り出していくものなのでしょう。今まさに、世界は分岐点にあるのですから。

2018/3