りぼんの読書ノート

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死体展覧会(ハサン・ブラーシム)

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1973年にイラククルド人地域のキルクークに生まれ、2000年に国外脱出。イラン、トルコ、ブルガリアを経由してフィンランドにたどりついて市民権を得た著者の作品は、戦争の残虐性と不条理がグロテスクなまでに反映されているようです。

「死体展覧会」
殺人死体を芸術的に展示することを追求する謎の集団に、エージェントとして入団した者が守るべき心得とは何なのでしょう。陳腐な人道的感情に感染することは、もちろん御法度です。ISが処刑の様子を公開している現実世界は小説を越えてしまったのかもしれないと思うと、怖くなってきます。

「コンパスと人殺し」
暴力が支配するイラクでは、少年の世界ですら残虐なのです。周囲から怖れられる極悪非道な兄ですら、最後には暴力の犠牲にならざるを得ません。

「軍の機関紙」
死んだ兵士が書いた短編を剽窃して世界中から賞賛を浴びた男のもとに、無数の短編が送られてきます、その全てが大傑作なのですが、やがて彼はその重さに押しつぶされてしまうのです。死者の数だけ優れた短編があるということなのでしょうか。

「穴」
強盗に追われて穴に落ちた青年が、古代アッバース朝バグダッドに住んでいたという老人と出会います。穴に落ちた者は過去・現在・未来に通じることができるというのですが、次に落ちてくる者が現れるまで死ねないのです。この作品には神の孤独が描かれているのでしょうか。

イラク人キリスト」
死の危機が迫る未来を予知することができる青年は、目の前でひとつの世界が崩壊しつつあるという現実と折り合いがつけられるのでしょうか。彼の自己犠牲精神は、自爆テロ犯人になり代わるという不名誉な最期をもたらしてしまうのですが・・。

「アラビアン・ナイフ」
目の前のナイフを消す能力を持つ4人の男と、消えたナイフを取り戻すことができる1人の女性。何かを生み出しそうな組み合わせなのですが、イラクの残酷な現実は、こんな小さな奇跡など踏み潰してしまうのです。

「記録と現実」
亡命先の移民局に語る記録用の物語と、誰にも話せない真実の物語は、やがて区別がなくなってしまうのです。過激派の処刑動画で殺される役を演じ続けた男は、残虐な死を何度も体験してしまったかのようです。

「カルロス・フエンテスの悪夢」
亡命先のオランダに適合しようとして、誰よし先に言葉を覚え、仕事に就き、オランダ人女性と結婚した男が見る悪夢とは、イラク人であることから逃れられないものでした。やがて彼には、悲惨で滑稽な死が訪れるのです。

他には、テロに遭遇して精神が壊れてしまった友人の思い出を描いたクロスワード、復讐のためにテロ組織に加わった少年がウサギを飼う様子がシュールな「グリーンゾーンのウサギ」、村の救世主であった金髪の青年像を守ろうとする男が狂気に陥る「自由広場の狂人」、軍歌の作曲家だった父の悲惨な運命を描いた「作曲家」、独裁が終わって設立された「記憶ラジオ」で悲惨な体験が語られる「ヤギの歌」、微笑が張り付いてしまった男が人々から誹謗される「あの不吉な微笑」が収録されています。不幸な国には微笑など場違いなものなのでしょう。

2018/2