りぼんの読書ノート

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霖雨(葉室麟)

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天保期の豊後日田で、私塾・咸宜園を主宰する広瀬淡窓と、家業博多屋を継いだ弟・久兵衛の兄弟が、権力の横暴と時代の荒波に耐えて清冽な生き方を貫こうとする、地味ながら味わい深い物語です。

権力の横暴は「官府の難」という言葉で表わされます。野心を持った日田代官の塩谷大四郎が、自分の名誉を高めるために優秀な私塾として著名な咸宜園を支配下に置こうとしたことが、真偽を曲げずに生き抜こうとする淡窓の教育理念と軋轢を引き起こすのです。時代の荒波は、天保の大飢饉による米不足を憂いた元与力の大塩平八郎が、塾生を率いて起こした反乱という形で顕れました。淡窓のみならず多くの教育者が、学問の実践という問題を突き付けられたわけです。

著者は、この2つの問題を体現する者として架空の塾生を登場させています。咸宜園の教育方針を不満に思い大阪の大塩塾に入ったものの、乱に臨んで死にきれずに舞い戻ってきた佳一郎という青年と、少壮な彼の執着心を際立たせる存在としての千世です。彼女は、自分を大きく包んでくれるかのような久兵衛に、密かに想いを寄せるのですが・・。

降水量の多い日田地方にちなんで、著者は各章に「底霧」「小夜時雨」「春驟雨」などの表題をつけています。タイトルの「霖雨」とは「幾日も降り続く長雨」のことで、淡窓や九兵衛が陥った困難が長く続いたことを意味しています、しかしその一方で「政が信を得ておらぬ時には狂挙も義挙となる」時代の教育者は「慈雨」とならねばならないとする淡窓の覚悟にも、転じていくようです。

1805年に淡窓によって創設された咸宜園は、高野長英大村益次郎など多くの人材を育て、明治30年まで百年近く存続したとのことです。

2017/6