りぼんの読書ノート

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恋と夏(ウィリアム・トレヴァー)

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2016年11月に88歳で亡くなったアイルランド出身の作家が、81歳のときに紡ぎあげた最後の長編です。

20世紀半ばですでに、歴史の表舞台から取り残されてしまっているアイルランドの田舎町。孤児院出身で働きに出た先の農夫の後妻となっていた若いエリーは、初めて抱いた恋心に舞い上がってしまいます。相手は、父母が残した屋敷を売り払うために町を訪れ、アイルランドを出て行こうとしている青年フロリアン

彼は、「ろくに知らない若い女に優しさと好意を注ぎ、かえって彼女にとっての地獄を作り出した」ことに気付いています。エリーは、誠実な夫を裏切って家を出て、フロリアンについていこうとまで思い悩むのですが・・。

ほとんどエリーの心の中だけで展開されるシンプルな恋物語ですが、この2人の恋愛に気付いた脇役たちの視点が、読者の心情を増幅させていきます。不倫で苦しんだ過去を持つオールド・ミスの女性は、エリーが不幸に陥るのではないかと気に病みます。零落した貴族の従者であった老人は、過去に主家の没落の原因となった、息子の駆け落ち騒ぎを思い出すのです。

そして、全てがアイルランドの風景の中に溶け込んでいくようなエンディングが、読者の心に深い余韻を残します。短編の名手として名高い著者による、「人生の一瞬の煌めき」を切り取ってくれたかのような長編です。

2017/5