りぼんの読書ノート

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鹿の王 下(上橋菜穂子)

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黒狼熱に感染させた犬を使って、征服者の東乎瑠(ツオル)帝国に病原菌テロを仕掛けていたのは、かつて国を滅ぼされて辺境を流浪する存在となっていた「火馬の民」でした。医師ホッサルは、彼らの心情は理解できるとしながらも、病を武器として用いることの危険性を強く訴えます。実際のところ、黒狼熱に免疫を持っていたはずのアカファ人にも感染者が発生するようになっているようなのです。しかしこの計画の背後には、さらに思いがけない勢力も・・。

一方で、かつて絶望的な防衛戦争を闘った騎士団「独角」の頭であったヴァンは、山犬に噛まれてから不思議な感覚に襲われるようになっていました。身体から精神が遊離して、山犬たちと一体化しようとしているようなのです。攫われた幼女ユナを捜索する過程で出会った医師ホッサルは、古代からの存在である黒狼熱原因菌の働きではないかと推測しますが、そのあたりは最後まで謎のまま。しかし、その感覚を通じてヴァンが山犬たちを操れるようになっていることが、後に重要な意味を持ってきます。

「独角」とは家族を失った者によって構成される戦士団のことでした。死に場所を求めて闘っていたヴァンは、「我が身を賭して群れを守る」という「鹿の王」としての行動をとることにためらいはありません。しかし、そんなヴァンを現世に繋ぎ止めようとする人たちもいることが、本書のポイントなのでしょう。

死に至る病を描くことは、対極にある生命への希求を描くことであり、人体というミクロコスモスの世界は外界のマクロコスモスへと展開されていきます。複雑で多様で答えのない世界を照らしているのは、「人の間のわずかな影響関係が、人類を滅亡させずにいる理由なのではないか」という著者の想いのようです。

2016/12