2015年度の本屋大賞受賞作であることは知っていましたが、日本医療小説大賞も受賞していたのですね。本書のテーマは、被支配民族が支配民族に対して行う病原菌テロでもあるのです。
物語の舞台は、強大な帝国・東乎瑠(ツオル)に征服されたアカファ国。かつて絶望的な防衛戦争を闘った戦士団「独角」の頭であったヴァンは、奴隷に落とされて死ぬまで岩塩鉱で働く日々。しかし一群の獣に襲われた鉱山で謎の病が発生し、ヴァンとひとりの幼女ユナを残した全員が死亡したために脱出の機会を掴みます。
一方で、国を持たない放浪の民ながら東乎瑠の支配層からも信頼されている著名な医師・ホッサルは、鉱山で発生した病は、かつて彼らの国を滅亡させた黒狼熱ではないかと疑います。病を生き延びたヴァンの存在を知り、病の原因を究明するためにヴァンの行方を追うのですが、その間にもアカファ国の各地で人間を襲う山犬が出没し始めるのでした。
ヴァンら辺境の民が乗りこなす飛鹿(ピュイカ)においては、「我が身を賭して群れを守る鹿」が王として敬われる存在であるとのこと。ヴァンの運命を予感させるタイトルですが、ユナは彼の運命を変えることができるのでしょうか。
著者が作り上げたハイ・ファンタジー世界で、謎の病の原因、山犬の正体、背後に潜む存在を追うヴァンと、彼を追うホッサル、そして彼らを囲む人々が生き生きと動き回ります。上巻では思いっきり謎が深まっていくのですが、すべてが下巻への伏線となっていくのでしょう。主人公たちの世界観・死生観のみならず、異世界における医学の在り方まで創造してしまった「上橋菜穂子ワールド」にようこそ!
2016/12