りぼんの読書ノート

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拳の先(角田光代)

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初めてのスポーツ小説であった空の拳から4年、再びボクシングと向き合った著者は、「ボクサーが闘う理由」に挑みます。

文芸部門に移動していた編集者の那波田空也は、担当することになった若い作家がボクシングに関心あるとのことで、以前通っていたジムを再訪します。経歴詐称によってマスコミの関心を失ったかつての花形選手・タイガー立花は、ライト級の日本タイトル奪還を目指していたものの、若き天才ボクサー・岸本修斗に完敗。しかも、リングでふざけたようなポーズを繰り返した末にKOされるという醜態まで演じてしまいます。

再起を願うジム関係者や空也の願いにフェイントをかけるように、手術とリハビリを経て回復した立花は、階級を落としての復帰を決断。それは実力差を感じた岸本から逃げることなのか。いったん恐怖を覚えたボクサーは、立ち直ることができるのか。そもそも恐怖とは何に対して感じるものなのか。「拳の先」にあるものは、恐怖でしかないのか。それとも闘う理由なのでしょうか。

自分もジムに通っているという著者ですが、もっともらしい闘いの場面を描くことはしません。素人の空也の視点だから、早いパンチは見えないし、高度な技も理解できないのです。それでも、闘いの機微を捕えた雰囲気の描き方には凄味を感じます。

ライヴァルとは恐怖という壁の存在を感じさせてくれる存在であっても、壁そのものではないようです。そのライヴァルからは逃げてもいいけれど、いったん感じてしまった壁を壊せるかどうかは自分次第なのかもしれません。こんなことを書くと教訓めいてしまいますので、人気ドラマのタイトルにちなんで「逃げるは恥だが役に立つ」とでもしておきましょうか。

2016/12