りぼんの読書ノート

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ザ・カルテル 下(ドン・ウィンズロウ)

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下巻で展開される物語は、上巻を読了した時点で想像したものから、相当遠くに行ってしまいました。国家権力すら支配する麻薬カルテル同士の「戦争」の凄まじさは、捜査官ケラーと麻薬王バレーラの個人的な対決など置き去りにしてしまったかのようです。

捜査陣の中に裏切り者がいることに気付いたケラーは、驚愕の事実を発見。密かに対応策を練るものの、アメリカは隣国の内政に簡単には手を出せません。その間に手痛いダメージを受けてしまいますが、間一髪で死地を脱出。

一方で、バレーラが率いる「シナロア・カルテル」の前に立ちふさがったのは、オチョアが率いる「シータ隊」でした。下剋上を重ねてきたオチョアという人物は、バレーラに匹敵する頭脳と、彼に数倍する残虐さを併せ持っていたのです。国境のシウダドフアレスでの「戦争」は一般人を巻き込み、警察を消滅させるほどにエスカレート。ともに愛する者を失ったケラーとバレーラは、オチョアを排除するために、ついに手を組むに至るのですが・・。

本書では「戦時下」の一般市民たちも重要な役割を果たします。警官がいなくなった無法地帯で町長となった女性医師。彼女を崇拝して警察署長に立候補した19歳の女性。麻薬組織から脅迫を受けながら報道の砦を守ろうとする地元紙記者たち。郷土愛と恐怖の間で揺れる一般市民たちの不安や絶望から感じられるのは、麻薬戦争の原因を作ったアメリカへの、著者の強い怒りです。

ついでながら、「はじめは個人名を持っていた死者の報道が、ついには人数でしかなくなってしまう」というあたりは、旧ユーゴ内戦時の女性ジャーナリストのエッセイバルカン・エクスプレスを思い出しました。

2016/12