著者は、「忠臣蔵」の背景には、幕府と朝廷の対立があったと解釈します。そしてその双方に大奥内部の対立が絡んでいたというのです。発端は、将軍綱吉が生母の桂昌院に従一位という女人としての最高位を贈りたいと願ったことでした。前例のない依頼に対して朝廷は抵抗するものの、やはり幕府権力には逆らいきれません。しかし、桂昌院と対立する御台所・鷹司信子と大奥が暴走するのです。
本書では、幕府の調停工作を担ったのが高家の吉良上野介であり、御台所・鷹司信子の働きかけによって暴発したのが浅野内匠頭であったという構図が描かれていきます。結果として松の廊下での刃傷事件によって贈位は延期となったのですが、では雨宮夫妻はどう関わったのでしょう。
少々無理筋の感もあるのですが、公家にも武家にも通じていた咲弥が、信子の暴走を抑える役目を担って、公卿たちから大奥に送り込まれたというのです。あわや綱吉のお手付きに・・というタイミングで、大石内蔵助の用心棒として江戸に下ってきた蔵人が救出。さらに、子供のいない2人が養女とした娘・香也が上野介の妾腹であり、討ち入り当日も吉良邸内にいたという設定。
本居宣長の「忠臣蔵批判」を意識してか、尾形光琳が朝廷と浅野家遺臣の繋ぎ役を担うなど、登場人物が多いのですが、悪役に相当する上野介や用人の神尾与右衛門の人物像までしっかり描きこんだ、巧みな作品です。ただ、やっぱり欲張りすぎですね。本書と同じく忠臣蔵をサイドストーリーとした、藤沢周平氏の『用心棒日月抄』を超えてはいないように思えます。
2016/10