りぼんの読書ノート

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離陸(絲山秋子)

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絲山秋子さんに女スパイものを書いてほしい」という村上春樹さんからのリクエストに応えるように書かれた作品とのことですが、羊をめぐる冒険世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドが「本格スパイ小説」ではないように、本書もまた、スパイ小説とは大きく異なる地点に着地しています。

主人公の佐藤弘は、国交省現業部門で八木沢ダムの管理をしている公務員。雪深いダムに突然現れた謎の黒人イルベールから、かつて彼の恋人であった「女優」こと乃緒(NO)を探して欲しいという依頼を受けます。イルベールは、連続殺人犯人として逮捕された親友フェリックスと「女優」との間に生まれた仏造(ブツゾウ)という少年を預かっているというのです。

パリのユネスコに転勤した佐藤は、「女優」がイスラエル映画に一瞬だけ登場していたことを突き止めるのですが、彼女の足跡はそれだけではありませんでした。暗号で書かれた謎めいた文書によると、マダム・アレゴリという名前で1930年代に活躍していた女スパイが、いかにも「女優」らしいのです。果たしてそんなことがあり得るのでしょうか。

後に熊本で発見された「女優」は、若々しい姿を保ったまま衰弱死するのですが、全ては謎のままに残されます。しかし、現実の時間の中で生きている佐藤もイルベールもブツゾウも、本書が扱う15年間という年月の間に様々な変化を遂げざるを得ません。そして佐藤は、人生とは「離陸=死」の順番を待つ時間であるという認識に至るのです。滑走路に並んで離陸の順番を待つ旅客機のイメージは、死というものに対して抱く恐怖感の対極にあるようです。

2016/8