戦前の日本において、日本思想と西洋哲学の融合を試み「和辻倫理学」とでもいうべき境地にたどり着いた哲学者が、学生時代に奈良の古寺を巡り歩いた際の印象記です。著者自身が後に「若書き」と述べたように、主観に満ちた「感想」が大半なのですが、今読んでも「熱さ」が伝わる作品になっています。
本書の価値は、古寺や古仏から触発された文化論を展開したということにあるのでしょう。古寺や古仏を美術品として扱ったフェノロサから一歩進んで、古代日本人の美意識を世界的な視野の中で捉えようとした考察として初めてのものだったのかもしれません。このような試みは後に、亀井勝一郎、白洲正子、土門拳、司馬遼太郎らに引き継がれていくことになります。
著者が訪れたのは、新薬師寺、薬師寺、浄瑠璃寺、奈良博物館、唐招提寺、法隆寺、東大寺、中宮寺、法華寺など。100年後の現代では、仏像の保管・展示場所が変わっているものもあるのですが、むしろ「ほとんど変わっていない」ことに驚かされます。今でも100年前の著作を色褪せさせていないことが、古都の持つパワーなのでしょう。
既に本書で紹介された多くの寺社を訪問済みであり、初見の時に何を感じたのかなどほとんど記憶に残っていないのですが、あらためて再訪してみたくなりました。その時に自分は何を思うのか、思わないのか、怖い気もするのですが。
2016/7