りぼんの読書ノート

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檀(沢木耕太郎)

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妻子を顧みず愛人と生活した日々を私小説風に描いた『火宅の人』は、無頼派作家・檀一雄の代表作となっています。しかし、そのモデルであった妻は、実生活の暴露をどう思っていたのでしょう。そして、最終的に愛人と別れた夫を、なぜ許すことができたのでしょう。

本書は、独特の視点を持つルポライターが、檀一雄の未亡人・ヨソ子に1年にも及ぶインタビューの結果、綴り上げた作品です。ヨソ子未亡人が一人称で、生前の檀一雄のことを語る構成なのですが、これがかなり生々しい。愛人の存在を明かされたことと、それを小説に書かれたことの二重のショックが、当事者の言葉として語られていくのですから。

檀の小説が決して事実の再現ではないように、本書もまた事実そのままではないのでしょう。しかし、亡き夫のことを語るに連れて、「檀の妻」であったことを肯定していくようになる未亡人の変化は、事実であって欲しいと思うのです。

そしてそれは、事実からかけ離れたものでもないのでしょう。彼女はインタビューに答えたことを機会にして、檀の生前も死後も通読できずにいた『火宅の人』を、はじめて読み通すことができたというのですから。たとえ、作中で描かれた自分の姿に「それは違います、そんなことを思っていたのですか」と心の中で声をあげたとしても・・。

2015/10