りぼんの読書ノート

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アルタイ(ウー・ミン)

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中国人のような著者名ですが、漢字で書くと「無名」となり、4人の匿名イタリア人作家集団による共作です。「レパントの海戦」前夜のコンスタンティノープルを舞台にして、壮大な夢の実現に向けて戦った者たちが敗れ去っていく過程を描いた物語。

ヴェネツィア国営造船所の爆破事件の捜査にあたった諜報部員マヌエルは、自分自身が事件の犯人としてスケープゴートに仕立て上げられそうになっていることに気づきます。彼は、ユダヤ人の血を引いていることを隠していたのです。ライバルのオスマン・トルコに亡命したマヌエルは、王宮に強い影響力を持つユダヤ人富豪のヨセフ・ナジに保護され、彼の夢を実現するために尽力する道を選択。

その夢とは、当時ヴェネツィア領であったキプロスに、ユダヤ人の王国を建設して「世界を修復」すること。ナジとマヌエルは、ヴェネツィアを相手にしてキプロス奪取戦争を起こさせるよう、オスマン皇帝セリム2世に働きかけていくのです。本書のタイトルは、ヴェネツィアでは「猟犬」にすぎなかったマヌエルが、ナジと夢を共有することによって「ハヤブサ(アルタイ)」のように大空を羽ばたくことからつけられています。

しかし、キプロスの「ファマグスタ要塞」で凄惨な戦闘と殺戮が起きたときに、彼らの夢は終わっていたのでしょう。地獄を見た後での「世界の修復」などはありえないのですから。「レパントの海戦」での大敗が、戦争をけしかけたユダヤ人たちへのスルタンの怒りを呼び起こしたことなど、もはやエピローグでしかありません。

「無名の作家群」による「敗者の叙事詩」は、ウンベルト・エーコを彷彿とさせる、読み応えのある大作でした。歴史の波間に沈んだ者たちの架空の闘いを通して描かれたのは、時代や人種を超えて人間に共通する、普遍的な問いかけだったのです。「人はアルタイのように自由に翔べるのか?」という。

2015/7