りぼんの読書ノート

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鍼師おしゃあ(河治和香)

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幕末から明治にかけての時代を生き抜いた女鍼師おしゃあの一代記です。著者が、現代医療では対応できなかった急性腰痛に苦しんだ際、鍼灸によって救われたことが、本書を書くきっかけとなったとのこと。かつては地域医療の一環を担っていた鍼灸が、西洋医学によって追放され、対症療法のみに限定されていった過程が、女郎あがりの鍼師おしゃあの視点から描かれていきます。

しかし、本書はそれだけではありません。おしゃあの恋人役に配したのは、古川庄八という実在の人物です。瀬戸内の漁師から新設された幕府海軍の水夫となり、幕命でオランダに留学した後に、戊辰戦争では榎本武明とともに戦い、後には帝国海軍技師となった男。本書の副題は「幕末海軍史逸聞」なのです。

さらには、おしゃあと親しい患者として、安田財閥の創業者・安田善次郎や、もと将軍侍講で後にジャーナリストとなった成島柳北を配し、登場人物たちの絡みを通じて、時代と世相の移り変わりもしっかりと描かれていきます。

物語のクライマックスは、戊辰戦争で捕えられ、解放された後も函館に留まっている庄八を、おしゃあが江戸から訪ねていった場面。押しかけ女房になる覚悟で飛び込んでいった恋人のもとには、許嫁を名乗る若い女性がいたのです。庄八の元上官の妹であるその女性とは、やがて大親友になるのですが、いくら激動の時代とはいえ、これは動揺しますね。

淡々とした文章でしみじみとした風情を感じさせる、いい作品でした。単行本では『笹色の紅 幕末おんな鍼師恋がたり』という題名でしたが、文庫化に際して改題されたとのことです。

2015/1