りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと(チャールズ・ユウ)

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「物理法則が93%しかインストールされなかった世界」で、しがないタイムマシン修理工をしながら時間の狭間を漂っている「僕」ことチャールズ・ユウ。UIのタミーと非実在犬のエドをかけがえのない存在として感じながら、電話ボックスと同じくらいの空間で暮らし続けています。

一方で彼の実在する家族は、彼と同様に時間に囚われたような生活をしているようです。弟を亡くしたショックから立ち直れなかった彼の母は、同じ時間帯を繰り返すループ・サービスに入ったままだし、ガレージでタイムマシン開発をしていた彼の父は、失踪して時空のどこにいるのか不明なままなのです。

そんな「僕」に転機が訪れます。それは、タイムマシンから自分自身が降りてくるのを目撃した瞬間に、「もうひとりの自分」を撃ってしまったこと。未来の自分を殺してループから逃れられなくなるタイムパラドックスから救われる道は、未来の自分から託されたこの本を書きあげて、自分に確かなメッセージを伝えること。でも、何を伝えればいいのだろう・・。

残された時間で過去の自分を訪ねる「僕」は、彼に対する両親の思いに気づくのですが、それは「脱出の鍵」ではありませんでした。必要なことは、誰かに救出されることではなく、自分自身の判断でモラトリアムのような箱から脱出するという「選択」だったのですね。本書はSF的な装いをまとった家族小説であり、再生の物語でもあったのです。

円城塔さんの翻訳による本書は、まるで円城塔さん自身の作品のようです。父親が作り上げたタイムマシンの原理=「人は誰しもがそのままでタイムマシン」なんてあたりは、Self-Reference ENGINEの「誰だって過去から来た人間だ」というくだりを思い起こさせます。

2014/10