りぼんの読書ノート

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緩慢の発見(シュテン・ナドルニー)

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18~19世紀の航海者にとって「北極航路」の探索は重大な問題でした。本書は「北極航路」を発見しながら北極圏で消息を絶った探険家ジョン・フランクリンの生涯を、「緩慢」という言葉をキーワードに据えながら「再構成した」小説です。

ジョンが育った時代は、世の中の動きが急速に速度を増していった時代。視点も思考も「緩慢な」少年であったジョンは、遅鈍として軽蔑され差別されます。しかし「速さ」は常に正しいのでしょうか。「速さ」が見落とした重要なことを見極めるのが「遅さ」の役割ではないのでしょうか。それは同時に「変化」と「不変」との関係でもあるようです。

不動の星々を目指す航海に憧れて海軍に入ったジョンは、そこで適正を見出されます。ナポレオン戦争に従事してコペンハーゲン海戦やトラファルガー海戦に参加。北極圏遠征隊に参加して悲惨な失敗と成功とを経験。後に政務官に転じてタスマニア副総督まで上り詰めるものの、流刑植民地を改革する試みが攻撃されて失脚。60歳を迎える直前に、最後となる北極圏遠征に挑みます。

著者は、ジョンが「人が急がずに緩慢に付き合うところに平和が生まれる」という思想を熟成させていき、エスキモーやアボリジニとの平和的共存を求めたとしています。まさに「緩慢の効用」なのですが、1845年の最後の北極圏遠征は、周囲の事情によって拙速に行うことになってしまいました。そして悲劇に見舞われます。

ジョンが発見した「北極航路」は氷に閉ざされており、実用化されることはありませんでした。しかし近年の温暖化によって、航海可能になる可能性があるとのこと。30年も前にドイツで出版された本書の「緩慢な」翻訳も、北極航路の「緩慢な」活用も、この主人公に相応しいように思えます。

2014/5