りぼんの読書ノート

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鴎外の恋 舞姫エリスの真実(六草いちか)

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鴎外の『舞姫』のヒロイン・エリスにモデルがいたことは、かねてより知られていました。妹や息子たちによる手記によって、エリーゼなる女性が鴎外を追って来日していたことが残されているのです。

しかし、多くの鴎外研究者の長年の探求にもかかわらず、彼女の正体は不明でした。裕福な家庭の子女説、賎民説、娼婦説、下宿の娘説、ユダヤ人説など、さまざまな説が飛び交いながら、誰も決定的な証拠をあげることができなかったのです。

ドイツに語学留学した後ベルリンに在住し、雑誌などに記事を執筆していた著者が、このテーマと出会ったのは全くの偶然でした。「エリーと呼ばれていた祖母のダンスの先生が、日本人軍医と恋をしていたようだ」という男性と出会ったのです。結局この話は別人と判明したものの、そこから著者の追及劇が始まります。

文学を考察し、手紙や日記を照合し、ドイツ語文献にあたり、古地図や住所録などの公文書を徹底的に閲覧し、追及した線は何度も途絶え、仮説は覆され、ついにたどり着いた教会の記録。その過程は良質のミステリのようです。しかもドラマチックなのです。

挫折の中で著者は自問します。「もし私がエリーゼだったら、私は今、どこにいる? プロポーズを受けて日本へ行った。思いもよらぬ事態に陥り帰国。でも負け犬ではない。毅然として帰ってきた。泣き暮らさずに仕事を探した。職人として自立した。10年後には部屋も借りた」。そんな女性像を思い描きながら、最後の望みをかけて開いた古い住所帳・・奇跡が起きました。そこにはエリーゼらしき人物の名前が!

そこからたどって、プロシヤ王室古文書館で、ガルニゾン教会で、洗礼記録、結婚記録、葬儀記録を探します。両親らしき人物を発見。エリーゼの名前を堅信礼名簿に発見。さらにシュチェチンのシュロス教会の記録から見つけ出した洗礼記録。

「エリス」の本名は、「エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト」でした。生年月日は「1866年9月15日」。職業は「帽子職人」。

「彼女の正体を見つけることによって、彼女に掛けられた不当な嫌疑を晴らしてあげられるのではないか」と考えた、著者の一念が生んだ奇跡の作品です。ついにエリスの妹の末裔と出会い、エリスの写真と対面するに至る、続編のそれからのエリスも出版されています。

2014/1