りぼんの読書ノート

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黒書院の六兵衛(浅田次郎)

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開城前夜の江戸城に官軍の先遣隊長として送り込まれた尾張徳川家徒組頭・加倉井隼人が見たものは、宿直部屋に居座って動こうとしない御書院番士でした。

腕ずくで引きずり出す案は、城内の勝海舟からも官軍の西郷隆盛からも止められます。、無血開城は合意され、将軍職を降りた慶喜寛永寺で謹慎中であるものの、旧幕臣たちの動静は定まっていません。主戦派は上野に籠り、榎本艦隊は洋上から睨みをきかせ、欧米列強も動向を見守っている中で、何らかの変事が武力衝突のトリッガーとなりかねない状況なのです。

その番士・的矢六兵衛なる人物を調査すると、とんでもない事実が判明。城内に居座る男は、1年数ヶ月前に借金まみれの旗本の地位を莫大な金で購い、一夜にしてオリジナルと入れ替わった正体不明の人物だというのです。しかし、資質・素養・武術・胆力、さらには妻子までもがオリジナルより数段優れた、武士の鑑ともいうべき人物であり、文句のつけようもありません。彼の正体を巡っては、官軍を挑発する囮、慶喜公本人、天皇代理人、イギリスのスパイなどの諸説が巻き起こりますが、どれも異なっているようです。

開城前に六兵衛を退去させようと、かつての同僚や上司、さらには尾張公や徳川宗家を継いだ幼い田安亀之助君、また官軍の首脳部までもが説得を試みますが、彼は黙したまま動きません。それどころか、江戸城の中のより上位の間に向かって移動し続け、最後には将軍家の居室である黒書院に居座ってしまいます。そして官軍による江戸城接収後も誰も六兵衛に手を出せないまま10ヶ月が経ち、ついに東京へと動座された明治天皇が六兵衛と直接対面するのですが・・。

最後の最後まで言葉を発さない六兵衛を巡って右往左往する登場人物たちは、開城前後の武士たちの生き様の縮図のようです。語り手である加倉井自身、主君の命に従って官軍側についているものの、真情的には幕臣と変わりない矛盾を抱えているのです。そして、著者が「真の武士道」を託した相手は、やはり六兵衛でした。著者の得意とする「幕末もの」の最新作です、

2014/1