りぼんの読書ノート

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蛍川・泥の河(宮本輝)

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著者のデビュー作にして太宰治賞を受賞した「泥の河」は、昭和30年の大阪に生きる少年が、現実の社会や生と死に初めて接する体験を描いた情緒溢れる作品です。

戦後10年経っているとはいえ近代化はまだ遠く、前時代的な雰囲気が漂う大阪。川にはポンポン船が行き来し、往来では馬車を引く姿も多く見られた時代に、労働者相手の安食堂を開く夫婦の息子の少年は、船の上で生活する家族と出会います。同年代の少年や大人びた姉と仲良くなったものの、周囲の大人たちは冷ややかです。姉弟の母が生活のために船の中で違法に身体を売っており、ひとところに居られないために転々と場所を変えていたんですね。やがて少年たちにも別れの日が訪れ、少年期の不確かさと揺れ動く心境が痛切に響くエンディングを迎えます。

芥川賞を受賞した「蛍川」もまた深い情感に溢れています。昭和37年の富山を舞台にして思春期の少年が出会う恋や友情、父親や親友の死がメインストーリーですが、少年の視点のみならず母親の物語が挿入されたことで、男女間の愛憎の陰翳がより深く刻みこまれた作品となっています。

若き日の母が不倫相手だった父と訪れた越前岬で、聞こえるはずのない三味線を吹雪の中で聞いたように思う場面や、少年がほのかな恋心を寄せる女学生が幾万もの螢火に包まれるように見えたというラストの場面は、美しいだけではなく哀切な情感をもって迫ってくるのです。こういう作品を読むと、日本語というものが「情感」の美しさを際立たせる言葉だということを感じますね。

どちらの作品も映画化されています。また著者には「川三部作」として昭和40年代の大阪を舞台にした道頓堀川という作品もあるとのこと。これも読んでみたいと思います。

2012/9