りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

豊饒の海4 天人五衰(三島由紀夫)

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かつては裁判官として人を裁き、また弁護士として人を救ってきた本多ですが、80歳に近くなって老醜をさらすようになります。妻を失って後遊興にふけり、公園での覗き見に快感を覚えるようになった本多に残されているのは、自分が転生の奇跡とともにあるという自意識だけになっているのです。

そんな本多が出会い養子にしたのは、転生の印である3つの黒子を有しながら本多と同様に観察者の視点を併せ持つ「純粋培養された悪」の安永徹でした。徹こそは、転生のカルマを終わらせることができる人物なのでしょうか。それとも彼もまた、清顕が愛に、勲が使命感に、ジン・ジャンが肉体に捉われて純粋なまま早世したように、なにものかに捉われてしまうのでしょうか。

本多と徹の共通点である「自意識」は物語が終盤に向かうに連れて、それぞれに醜さを増していくのですが、近代的な自我の無力さを決定的に示すできごとは、最終章になって訪れます。

醜聞にまみれた本多は、数十年間ずっと意識しながらどうしても行けなかった場所、かつて清顕が愛した聡子が尼として住む月修寺へと赴きます。3度の転生と崩壊を見届けた本多が、全ての始まりであった場所で見たものとは、いったい何だったのでしょうか。

著者は、このシリーズを完結させた直後に割腹自殺を遂げています。恐るべき虚無の世界を描いた本書に「豊饒」と名づけた著者の意図はどこにあったのでしょうか。日本の近代文学が避けては通れない難問です。

2012/8