りぼんの読書ノート

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ねじまき少女(パオロ・バチガルピ)

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石油の枯渇によって電力は消え失せ、全てのエネルギーが生物由来となった近未来、海面上昇が低地の都市を呑み込み、遺伝子組み換えによる疫病が蔓延した世界には「カロリー企業」と呼ばれる巨大農業企業のみが君臨しています。多くの国家が崩壊した中で、徹底した防護策を講じてかろうじて王国の形を保っているタイでしたが、そこでもさまざまな思惑が渦巻き、大きな奔流になろうとしていました。

改良型ゼンマイ(エネルギーを溜める電池に相当しますね)を製造・開発している西洋人の工場オーナー・アンダースンの正体はカロリー企業の秘密職員です。彼の真の狙いはタイが秘匿している遺伝子バンク情報でしたが、ある夜クラブで辱められている人造の新人類エミコと出会い、彼女に溺れていきます。

エミコは人口減少に悩む日本で製造され、日本企業重役に仕えていた秘書でしたが、主人が帰国する際にタイに棄てられてしまい、売春宿に主人に拾われていたのです。飛行船と帆船の時代ですから、国際移動は容易ではなく、高価なものなんですね。疫病には耐性があるものの、生殖能力を持たず、高温に弱く、ひたすら従順な性格に設計されていたエミコでしたが、彼女には隠れた能力がありました。

かつてマレーシアで企業グループの総帥だったものの、ムスリムの暴動に会って資産も一族も失った老華僑のタン・ホク・センは、アンダースンに雇われながら、密かに再起を狙っています。

検疫取締部隊「白シャツ隊」の隊長・ジェイデーは、「バンコクの虎」と呼ばれて庶民から絶大な人気を博していますが、開国派の通産省によって、罠に陥れられてしまいます。彼の副官で笑顔を見せない女性のカニヤは、幼い頃に汚染された村を焼き尽くした白シャツ隊に恨みを持つ通産省のスパイでしたが、ジェイデーの遺志を継ぐ決意をします。そして悲惨な境遇に耐え切れなくなったエミコが起こした事件が、タイ全土を危機に陥れる大騒動へと繋がっていくのですが・・。

遺伝子操作の天才が娘にプレゼントするために作り出した途端、世界中に繁殖してイエネコを絶滅させたという、カムフラージュ能力を持つチェシャ猫が不気味です。遺伝子バンクが僧侶たちによって守られているというのは、いかにもタイらしい。

かつての「拡張期」に対して「縮小期」と呼ばれる時代に、未来への夢を持つことは不可能なようにも思えますが、ねじ巻き少女のエミコに未来はあるのでしょうか。伝説の遺伝子リッパーのギブセンとエミコが出会うラストには、ほのかな明るさも感じるのですが・・。

2013/3