りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

用心棒日月抄(藤沢周平)

イメージ 1

かつてNHKで「腕におぼえあり」としてドラマ化もされた、藤沢時代劇の傑作小説です。家老の大富丹後一派による藩主毒殺の陰謀を耳にしたことから、一味である許婚の父親を斬って脱藩し、江戸で浪人暮らしを始めた青江又八郎が主人公。

国元からの刺客との闘いを交えながらも、冴えない浪人暮らしが生き生きと描かれます。日々の食を得る為に口入屋の吉蔵に仕事の世話を頼んでも、剣の腕を活かせる仕事などほとんどなく、人足業や、飼い犬の世話や、娘の送り迎えといった冴えないものばかり。果ては、夕食だけの手当てで夜鷹の用心棒まで引き受ける始末。剣の腕は立つものの、子沢山で意地汚く、どこか憎めない浪人仲間の細谷と親しくなって、次第に怠惰な日を送るようになっていきます。

そんな中で起きたのが、松の廊下での刃傷事件。お家取り潰しで浪人となった旧浅野家臣たちの動向が、又八郎に影響を与えていきます。はじめは噂話として物語の背景に流れているだけの浅野浪人の敵討ちに、又八郎も細谷も関わるようになっていくのです。親浅野派の老中の警護など、浅野浪人に関わる用心棒の仕事も増えてきて、ついには大石内蔵助とおぼしき人物の護衛まで。

しかし、仕事を選べないのが雇われ人の悲しさ。討ち入り決行の日を前にして、2人とも吉良邸の用心棒に雇われてしまうのですが・・。

ただ、忠臣蔵とのかかわりはこの物語に色合いを添えるものではあるものの、本筋ではありません。許婚の由亀が父親の敵討ちに来たら、黙って討たれようとまで決意していた又八郎に帰参の道は開けるのでしょうか。

武士と市井の人々、江戸と地方の小藩、藩士と浪人など、さまざまな対立軸を組み合わせて綴られる物語の展開は見事ですが、一番の魅力は主人公・青江又八郎の清廉潔白な生き方であるように思えます。「藤沢時代劇」に典型的な、魅力ある登場人物です。本書がシリーズ化されたのも理解できます。

2011/5 再読