りぼんの読書ノート

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大気を変える錬金術(トーマス・ヘイガー)

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イギリスの科学者クルックスは、19世紀末に「飢餓の時代の到来」を予言しました。人口増加が食料生産の限界を超える日が近いというのです。自然界に存在する固定窒素の総量では40億人を養うのが限界と試算されていますから、彼の予言は、あながち見当違いというわけではなかったのです。

ではなぜ、世界は60億人もの人口を養えているのでしょう。それは、2人のドイツ人化学者ハーバーとボッシュによる、空中窒素の固定化技術の成果なんですね。大気の78%を占める窒素(N2)はあまりにも安定した物質であり、自然界でN2を分解して固定化できるのは、ある種のバクテリアと稲妻だけなのですが、この2人の生み出した人工的なアンモニア製造技術が、化学肥料による食物の大増産を可能にしたのです。まさに、空気を資源に変える現代の錬金術

本書は、植物の成長のために必要な窒素を土壌に取り入れるため、海鳥の糞の採集や、南米の硝石採掘が一大ビジネスとなり、領有権をめぐってチリとペルーの間で起きた戦争などの「前史」からはじまり、2人の化学者の大発明と「その後」を追いかけます。

ハーバーの発明をBASFのボッシュが工業化したアンモニア合成は、その生い立ちから負の側面を合わせ持っていました。アンモニアからは容易に、火薬の原料となる硝酸を製造することができるため、2つの世界大戦に渡ってドイツの軍備を支えた軍事産業となっていったのです。

ハーバーは一時、毒ガスの製造にも手を染めましたし、BASFがヘキストやバイエルと合併したIG・ファルベン社の初代社長となったボッシュが工業化した合成ガソリンや合成ゴムは、ナチスと深く結びついていきます。ユダヤ人であったハーバーはもちろん、合理主義者のボッシュナチスに反発するのですが、時代はもう後戻りできません。

さらに現在では、もっと複雑な問題も懸念されているのです。世界中で1億5千万トンのアンモニアが肥料用に製造されるようになって、人類は飢餓の問題を克服したようですが、その量は、自然サイクルで存在する固定窒素の倍なんですね。既に起きている大気中のNOX問題や低酸素海域の問題に加えて、窒素サイクルの変動は地球に何をもたらすことになるのか・・あまりにも難しい問題です。

2011/3