りぼんの読書ノート

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ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン(ポール・トーディ)

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若くしてIT企業を立ち上げて成功したウィルバーフォースは、ひょんなことから古城のような建物の地下に巨大なワインセラーを有するフランシス老人と知り合い、貴族や上流階級の人々とも面識を得ることになりますが、それは、転落のはじまりでした。まるで一旦コルクを抜かれたワインが風化をはじめていくように・・。

本書で初めに描かれるのは、主人公が既に転落してしまった2006年の姿です。「ティスティング」と言いながら毎日ボルドーワインを5本も空けるアル中となり、幻覚に悩まされ、主治医からは命の保証はできないと言われ、IT企業を売却して得た大金は底をついて破産寸前。それでもワインはやめられない惨めな姿・・。

物語は、2004年、2003年、2002年と、ワインのヴィンテージ年をなぞらえるように遡行していきます。サラ・ウォルターズの夜愁のような趣向。

2004年ではアル中の兆しが出始めた主人公をたしなめる妻キャサリンの死が、2003年では死を間近にしたフランシス老のワインセラーを建物ごと買い取りキャサリンを婚約者である貴族のエドから奪うワインに憑かれた主人公の決意が、2002年では、ふとワインセラーに立ち寄ったことから、上流階級の付き合いとワインに惹かれはじめる、これまで仕事一筋だった主人公の心の動きが描かれます。

前作のイエメンで鮭釣りをにもかなりのブラック・ユーモアを感じましたが、悲惨な結末を冒頭で示したことは、決して興を削ぐネタバレにはなっていません。本書で過去に遡ることは、主人公の転落の理由を探っていく謎解きなんです。フランシス老のコレクションに価値がないことは、ちゃんと示されていましたし、ワインにのめり込んで人生を棒に振った男の話だって、ちゃんと聞いているのに、どうして彼の人生は狂っていってしまったのか・・。

新たな世界が広がったことによって「晴れやかな希望の光に満ちた」ように感じる2002年の主人公の気持ちをラストに持ってきたあたり、作者の底意地の悪さを感じます。ブラック・ユーモアが極致に達した瞬間です。

2010/11