主人公はフランクフルトに住む45歳の男性。雨傘をおともにして一日中街を歩き回っているのは、靴の試作品の「試し履き」を仕事にしているから。でも、そんな仕事だけでは生活が成り立つはずもありません。同棲していたリーザに養ってもらっていたようなものなのですが、そのリーザからも捨てられてしまいました。
彼は大学も出ているし、頭はいいのです。「ほかの人間から逃げようとしなくなったとき、人は愛するようになる」とか、「誰もが世界への帰属感をでっちあげることに汲々としている」などと、警句を吐くのも得意にしています。
でも彼は、皮肉っぽい警句を自分にも向けてしまったようです。いつでも「自分が許可してもいないのにこの世にいる」ような気がしているし、「社会のはずれ者は、綿ぼこり的に生きるのだ」との諦めが先に立ってしまいます。
彼の周囲にいるのは、ついにモノにならなかったカメラマンのヒンメルスバッハや、元女優志望で現在は受付の仕事をしているズザンネや、誰とでも寝ているらしい美容師のマーゴットとか、何となくくたびれてしまった昔からの知り合いたち。
では彼は、これからどうするのでしょう。こういう人は「いつでも逃げられる」という思いを抱えて生きていくしかないのかもしれません。逃げられなくなった時には、真の人生に目覚めるのか、破滅するのか、どちらかなのでしょうから。
ですから、彼にとっては「逃れられない出来事のただなかにいながら逃れる」ような感覚を再確認する最終章は、「ぎりぎりの所で社会に踏みとどまる」ことを意味する「ハッピーエンド」なのかもしれません。ビートルズの「Nowhere Man」を思い出しました。
2010/9