大ブレイクした『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞を受賞し、『私の男』では初候補で直木賞をかっさらってしまった桜庭さんの一般小説デビュー作品。多感な思春期の少女が自分をとりまく「せかい」に闘いを挑むというのは、桜庭さんが得意とするテーマですが、本書もその路線の作品です。
主人公の大西葵13歳は、下関と橋で繋がった小さい島に住む中学生で、学校では明るく振舞っているものの、家に帰れば無職で酒びたりの義父と育児放棄の母親との暮らしに苦しんでいました。
ある日、娘の小遣いを盗もうとしている父親を咎めたところ殴られて、父親に殺意を抱くのですが、その段階では一時の激情にすぎません。その暗い思いが実行に移されるためには、もう一人の悩める少女、宮乃下静香との出会いが必要でした・・。
「完全犯罪」のための凶器としてスリコギや冷凍マグロが登場する本書は、もちろん本格ミステリではありませんし、少女の葛藤や罪悪感を描いた社会はミステリでも、純文学系作品でもありません。後の桜庭さんが得意とするマジック・リアリズム的要素は、まだ萌芽状態。ここには、殺人という犯罪に巻き込まれて驚き怖がる、普通の少女の姿があるのです。でも、少女のピリピリした感情は、伝わってきます。
2010/8