りぼんの読書ノート

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婆沙羅(山田風太郎)

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鎌倉幕府滅亡後の南北朝史は、めまいがするほどに複雑怪奇です。建武の親政から離反した足利尊氏・直義兄弟は、一時は京に入るものの新田・北畠連合軍に破れて都落ちしまずが、九州で勢力を立て直して再度上京。新田・楠を破って後醍醐天皇を吉野へ追い落とします。

南朝方の諸大名を破って権力を手にした足利家でも内紛が絶えず、高ノ師直・師泰兄弟が直義に討たれたと思うと、その直義は尊氏に討たれ、その過程である時は直義が、ある時は尊氏が南朝に見せかけの降伏をして、南朝方を勢いづけて神器の争奪戦も行なわれ・・。

山田さんもこの過程を、「筋も脈絡もない、だれが敵やら味方やら、めちゃくちゃの混乱ぶりを細かく述べようとすれば、どんな人でも途中で筆を投げるだろう」として、大筋のみを書いていますが、本書の主人公は、乱世を最後まで生き延びた、婆沙羅大名・佐々木道誉

いかにも不思議な人物です。誰とも本気で戦った様子もなく、味方する相手をコロコロと変え、気がつくといつも勝者側についていて、要職についているんですね。まるで、フランス革命からナポレオン時代を経て王政復古時代まで生き抜いたフーシェのよう。

ただし、本書の趣旨も結論も明快です。まずは後醍醐天皇の魔人ぶりを描いて、道誉に「あのみかどが人間界の魔窟をあけられて、そこからおびただしい婆沙羅の星がいっせいにこの地に飛び出してきたようだ」と言わせ、尊氏、直義、師直、師泰、正成、義貞ら、いずれ劣らぬ魔人たちの中を生き抜くだけでなく、邪魔者は別の敵対者に葬らせるための処世術こそが「婆沙羅」だったと言うんですね。最後に道誉は、後に大魔人となる魔童子足利義満世阿弥の前で事切れるのですから、それはそれで本望なのでしょう。

尊氏を西郷隆盛に、直義を大久保利通に例えて、「この場合には西郷的な人物が勝利した」と語る歴史観も、『徒然草』を著した吉田兼好を登場させて道誉と対決・協力させる遊び心も、楽しい作品でした。

2010/8