りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

償い(矢口敦子)

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主人公は、元脳外科医のホームレス。家族への無関心から息子を病死させ、妻を自殺させてしまったことで、生きる価値を見失い、自分の名前という固有名詞を捨て去った男が、東京郊外のベッドタウンに流れ着きます。

そこは、彼が医師免許取立ての頃に目の前で起きた幼児誘拐事件から救出した少年の住む町でした。自分の人生で唯一、無償で為した善行として記憶に残っている出来事でしたが、折りしも起こった、高齢者、障碍者、ホームレスなどの社会的弱者ばかりを標的とした連続殺人事件の犯人が、今は15歳となったその少年ではないかと疑いを抱いてしまいます。

少年は言うのです。「僕には人の心の泣き声が聞こえる。不幸な人は死んでしまえば、もう不幸は感じずにすむ」と。果たして、自分が救った子どもが殺人鬼になってしまったのでしょうか。男は、警察に協力して捜査にあたるのですが・・。

元医者とはいえ「ホームレスが警察情報を入手して捜査に加われるのか?」という設定にまず疑問を感じてしまい、現在進行形の「捜査」というより、事後の「調査」のほうがリアリティを増したのではないか・・などと思ってしまったのが、本書を楽しめなかった「敗因」のようです。そんな瑣末なことは無視して進むべきでした。

「人の心を絶望に追い込んで自殺を促すことと、実際の殺人はどう違うのか」という、ドストエフスキー的な主題を、現代日本に持ち込んだ力技は評価できるのですが・・。

2010/5