りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ボート(ナム・リー)

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1978年に南ベトナムに生まれ、生後3ヶ月で両親に抱かれてボートピープルとしてオーストラリアに渡った著者が、オーストラリアで異邦人として生きながら、作家への道を歩む物語・・ではありません!

まず冒頭から、アメリカのアイオワ大学のライターズ・ワークショップで学ぶ若い作家が、ソンミ出身の父親がたどった苦難の歴史を小説に書こうとして、父親から拒否されるという「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」が登場します。「移民作家」の枠内に留まらずに、「無国籍作家」として生きていくとの決意が込められているのでしょう。その後も次々と「あらゆる国」を舞台にした物語が綴られていくのです。

カルタヘナは、麻薬と暴力が支配するコロンビアの少年殺し屋が味わう絶望と希望の物語。エリーゼに会う」は、離婚した妻がロシアに連れ去った娘に10数年ぶりに会おうとした初老のユダヤ人画家が感じる哀切の物語で、舞台はニューヨーク。

一転して「ハ-フリード湾」では、オーストラリアの高校生の意地と、父親の優しさが描かれ、次のヒロシマの舞台はもちろん日本です。ふいに断ち切られることになる普通の少女たちの普通の生活が綴られます。かと思うとテヘランコーリング」では、テヘランで反体制運動に身を投じている親友を訪れたアメリカ人女性の違和感が描写されます。黒い群衆の中、自分の名前だけは振り切れない・・。

でも、表題作の「ボート」が一番いい出来と思えてしまうのは、読者の側の先入観でしょうか。ベトナムからひとりで難民ボートに乗り込んだ少女は、絶望のあまりに表情を失ってしまった人々の顔をたくさん見続けなくてはなりません。おそらく少女の顔もそうだったのでしょう。

ところで著者が学んだ、アイオワ大学のライターズ・ワークショップというのは凄いですね。そこの出身者には、ジョン・アップダイクフィリップ・ロスイアン・マキューアンフランク・オコナー、イーユン・リー・・と、錚々たる作家が名を連ねています。日本人に限っても、倉橋由美子田村隆一、大庭みな子、中上健次水村美苗、島田正彦らを輩出しているのですから。

2010/4