りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

あるキング(伊坂幸太郎)

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生まれながらの「王」が「王」として振舞ったときに何が起きるのか。魔王モダンタイムスの流れを汲んだ作品なのでしょう。ただし、この作品に登場する「王」が活躍する舞台は、野球界です。

セ・リーグの弱小球団である仙醍キングスを率いてきた監督が、引退試合に屈辱的な死を迎えた晩に生まれた山田王求は、「王」となるべく運命付けられているのですが、彼には悲劇がつきまといます。それらは「王」の成長を見守り続ける3人の魔女や、緑の獣による悲劇というより、むしろ「王」の周辺で翻弄される凡人たちが勝手に引き起こしたようなものですが、「王」は全ての責任を負わねばなりません。そして、全てに超然としていた「王」自身にも悲劇が襲い掛かります。

マクベス』をモチーフとした作品なのですが、むしろ相違点が目につきます。マクベスは、彼自身が魔女の言葉に翻弄されつつ「王になろう」として悩み苦しみ、王の座から転落することを恐れる、悲壮感に満ちた人物ですもんね。でもここまで『マクベス』を引き合いに出すのなら、相違点を徹底的につきつめて書いて欲しかったように思います。重要な予言である「森が動く」と「女から生まれた者には倒されない」がどうなっちゃったのかという点も、気になります。

ただ、マクベス夫人が罪の意識から狂死するのと異なり、王求と関係を持った女性の将来に明るさが、ほの見えるあたりは救いです。伊坂さんが本当に描きたかったのは、次の世代へと繋がっていく再生の物語だったのかもしれません。

2010/1