りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

三屋清左衛門残日録(藤沢周平)

イメージ 1

前藩主の死去に伴い用人の重職を退いて隠居した清左衛門は、思いがけなく感じた精神的な空白を埋めるために日記を書き始め、「残日録」と名づけます。

清左衛門が綴るのは、世間から隔てられた寂寥感や、老いた身を襲う悔恨だけではありません。かつての職務や知人を巡る、藩としては公にできないような依頼や、ひいては、藩の執政の座を争う派閥抗争に巻き込まれたりもしてしまいます。現役を退いて、なおかつ人情の機微をわきまえた者でなければ扱えないような微妙な事柄が、世の中にはあるわけです。

料理屋の薄倖のおかみに対するほのかな思いや、よくできた嫁への気疲れなども綴られるのですが、そういうものを含めて、老境に至ってもなお道を歩み続けるとの意欲が、「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」という日記のタイトルに込められているのでしょう。15作品からなる連作短編集です。

醜女:一度だけ前藩主のお手がつき、理不尽な束縛を受けていた女性への憐憫
高札場:気鬱が昂じて切腹した老人が抱えていた悔恨
零落:おちぶれたまま老いた、かつての同僚から受けた憎悪
白い顔:離縁された元妻にからみ続ける酒乱の前夫に対する怒り
梅雨ぐもり:夫の不実を疑ってやつれた嫁いだ娘の、昔と変わらない性格に困惑

川の音:村娘に秘密の会合を目撃された重臣の行動に対する義憤
平八の汗:息子のために清左衛門を利用した、小心な旧友への許し
梅咲くころ:駆け出しの用人時代に世話した娘の縁談に対する慶び
ならず者:収賄の冤罪で失脚した男が新たな収賄を起こした事情への憐憫。
草いきれ隠居した同輩が娘を囲ったと知り、互いに足掻く年齢になったと嘆息

霧の夜:剣豪であった先輩がぼけたと聞くが、事情があっての佯狂と知り感心
夢:優秀な同輩がかつて失脚したのは自分の讒言が理由ではないと知り安堵
立会人:剣豪の道場主が偏執的な執念で挑んできた男を退けた立会いに興奮
闇の談合:派閥抗争が生んだ重大事件への善後策を依頼され、最後のご奉公を覚悟
早春の光:派閥争いの結果が記される。中風に倒れた友人の歩く努力を見た喜び

以前この本を読んだのは、病に倒れた父がリハビリをしていた頃でした。最終章に登場する主人公の友人と、父の姿が重なってボロボロ泣いてしまったのですが、再読してようやく、清左衛門の心境の一端を理解できたように思いました。

2009/11