りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

熊の敷石(堀江敏幸)

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『ラ・フォンテーヌ寓話』に「熊と庭好きの男」という話が収められています。友人の頭にたかる蝿を追い払おうとして熊が投げた敷石が、蝿もろとも友人の頭を割ってしまったという寓話で、「愚かな味方ほど始末に終えないものはない」とか、「いらぬおせっかい」という教訓が導き出されています。

この寓話に関して、どんぐりさんとブログ上で会話していたら、そこから着想を得たという小説があることにたどり着いたので、読んでみました。翻訳で生計を立てている「私」が、フランス滞在中にふと、留学時代の旧友ヤンと久闊を交わした際の出来事を綴る内容の私小説で、堀江敏幸さんの芥川賞受賞作。

写真家のヤンが見せてくれた、モン・サン・ミッシェルを臨む自慢の風景、石切り場の写真、隣町出身の19世紀の辞典編纂家リトレにまつわるエピソード、家主の未亡人の眼の見えない幼い息子が大切にしている熊のぬいぐるみ・・。2人の会話はあちこちに飛びますが、どうしてもヤンに連なるユダヤ人の歴史に戻っていってしまいます。

ラ・フォンテーヌの寓話を読んだ「私」は、ふと思うのです。ヤンにとって「私」は、友人を「善意で」殺してしまった熊のようなものだったのではないか。話す必要のないことを「なんとなく」相手に話させて、傷をさらけ出させる友人は、冷淡な他人よりも危険な存在なのではないだろうか・・と。隣家の未亡人が出してくれた甘すぎるお菓子を食べた時の「私」の歯の痛みは、「異文化コミュニケーションの痛さ」を象徴しているかのようです。上手に纏まってはいるのですが、やっぱり「私小説」ですよね。

もう一回りして「ヤン自身は2人の関係に何の違和感もなく、そんな風に感傷的になってしまうなんて、それこそ「いらぬおせっかい」でした」くらいのオチがあっても良かったかも・・なんてコメントこそ「いらぬおせっかい」ですね。^^

他に「砂売りが通る」と「城址にて」が併録されています。

2009/11