りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

最後の物たちの国で(ポール・オースター)

イメージ 1

人々が絶望と貧困の中に暮らし、記憶や言葉さえもが失われていく「街」。ふと気付くと、部屋や家だけでなく、街区こと失われてしまうような「街」。住居も食物もなく、盗みや強姦や殺人は既に犯罪ですらないほど治安は乱れ、そこから逃れる唯一の手段である「死」を願う者が溢れる「街」。冒頭から、これでもかというほど異様な「街」の描写が延々と続きます。

著者の言葉によると、この「街」は「終末的近未来」にある存在ではなく、「現在」あるいは「少し前の過去」のことだそうです。ソマリアスーダンなどの「失敗国家」やサラエボカンボジアなどの「内戦状態」をイメージすればよいのかもしれません。

若い女性である主人公アンナ・ブルームは、報道記者として「街」を取材中に行方不明となった兄を捜しに、安全な「外国」から「街」を訪れたのですが、たちまち「街」の暮らしに呑み込まれてしまいます。本書は、アンナが故国の恋人に向けて綴った、届くあてもない手紙との形式をとっていますが、極限的な状況において「書くこと」が何の意味を持つのか。そんな著者の問いかけを感じるような内容でした。

さらに言うと、「街」からの脱出を決意するという、わずかな希望を感じさせるラストが真実なのかフィクションなのかという疑問も湧いてくるのです。絶望と思える状況の下でも、「書くこと」の意味は「絶望の肯定」であってはならないとする著者の使命感が、ラストに凝縮されているというのは「読みすぎ」かもしれませんが・・。

2009/10