りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

スプートニクの恋人(村上春樹)

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この本は商業的にはヒットしなかったようですが、個人的には一番好きな作品です。村上さんの描く女性もステキでしたし。まずは、冒頭の一文を紹介いたしましょう。
22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。(中略)みごとに記念碑的な恋だった。恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、結婚していた。更につけ加えるなら、女性だった。それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。
「煙のように消え失せた」すみれを探しにギリシャへと向かう「ぼく」による一人称小説ですが、事実上ぼくとすみれの2人を主人公としているという点が1Q84の青豆と天吾に繋がっていく視点の広がりを予感させてくれます。公衆電話を使って会話した2人が「同じ世界の月を見上げる」なんていうラストはシチュエーションも一緒。本書での月は1つしか出ていませんけど。^^

しかし、テーマという点では前作のねじまき鳥に近いのです。すみれの失踪の原因は謎のままなのですが、文脈をたどると、14年前の異様な体験により、「汚されて半分の存在になってしまった」恋の相手ミュウの分身を救出するために異界を巡ってきたと思えるのです。異界。異界。

そうね?
そのとおり。

その島(たぶんレズボス島)に鍾乳洞があることも、文中で触れられていましたが、古代ギリシャでは鍾乳洞こそ冥界への入り口とされていたことを、一時ギリシャに住んでいた村上さんが知らないわけはありません。「ぼく」が山頂での不思議な音楽に引き寄せられる描写がありますが、すみれが向かったのは鍾乳洞のはず! ペロポネソス半島の先端にあるスピリア・ディロス鍾乳洞に行ったことがありますが、小舟に乗って真っ暗な洞窟に入っていくのはとっても不気味でしたから。

タイトルは、ミュウが「ビートニク」を間違って「スプートニク」と言ったという他愛のないエピソードだけでなく、破局を感じたすみれの述懐に結びついてきます。「わたしたちは、結局はそれぞれの軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかった・・」。綺麗に決まりました。^^

2009/10再読