りぼんの読書ノート

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ミスター・ピップ(ロイド・ジョーンズ)

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東ティモール紛争は知っていますが、そのすぐ近くのパプア・ニューギニア領のブーゲンビル島で、独立を求めて内乱が起きていたことは知りませんでした。1988年から1998年にかけての10年間、1万人を超える死者を出すほどの激しい戦闘が行なわれたとのこと。

現在はオーストラリア、ニュージーランドの調停で平和協定が結ばれて、将来の独立も視野に入れた自治政府が誕生しているのですが、ソ連邦ベルリンの壁が崩壊した陰で、こんなことは起きていたとは・・。そもそも紛争のきっかけは、オーストラリアの支配下にあった同島の銅鉱山に対する補償を求めた抗議運動だったのですから、白人は真っ先に追い出されています。

本書は、内戦の最中に育った少女マティルダが、島にひとり残った奇妙な白人から学ぶことの大切さを教えられ、悲劇を乗り越えて再生を果たしていく物語です。政府軍と反乱軍の双方から交互に襲われ、教師も逃げ出した村で、学校を再開したのは気の触れた村の女性を妻として村に残り、皆から相手にされていなかった初老の白人の「ミスター・ワッツ」。彼が使った唯一のテキストは、ディケンズの『大いなる遺産』。

少女らは、小説の主人公「ピップ」の物語に魅せられます。彼女らにとって「ピップ」の体験と運命に思いを馳せることは、広い世界の存在を意識しはじめ、「想像力という魔法」を身につけることにほかなりません。政府軍の襲来で本が失われたあとでも、授業は続けられます。物語の断片を記憶の中から再生していくという方法で・・。そんな一時的な平安さえも、偏狭な心がもたらす暴力で破られてしまうのですが。

「小説の持つ力」に触れたノンフィクションでは、イスラム原理主義者の支配する国で欧米文学を教えていたアーザル・ナフィーシーさんのテヘランでロリータを読むがありますが、本書はフィクションでありながら実話に劣らない、静かで力強い感動を与えてくれます。マティルダの再生を表現した、最後の一文ではは思わず涙も・・。

2009/9読了